介護疲れ殺人は無罪かな


近年、介護疲れによる殺人事件が多発している。自分も将来、このような犯人になるかもしれない。他人事ではない。
裁判所は、刑法にもとづいて殺人罪を簡単に適用させている。その1つの法律だけで、判決を下してもよいものだろうか。他の法律がないことに、問題がある。

介護者を救済する、法律がない。施設だって、満杯だ。ヘルパーだって、大勢の人を介護している。自宅に赴いて、毎日かまっている暇はない。法律を制定しても、物理的に不可能だ。

許せないのは、介護されている病人の分際で、偉そうな口を叩いていることだ。ヘルパーや家族を、こき使っている。何様のつもりだ。介護されることが、偉いみたいだ。

介護者の苦痛をテレビや新聞などで報道しているが、介護されている者はどのように思っているのであろうか。それが、伝わらない。感謝の気持ちが、あるのであろうか。少しは、気をつかえ。

介護をする家族は、疲れるに決まっている。疲れない者はいない。「ありがとう」の一言でもあれば、介護者の疲労も少しは軽減されるかもしれない。

どんなに毎日がつらくても、介護で疲れないのは、警察官と検察官と裁判官等だけであろう。それにしても、この介護制度を保護できる法律は、ないものであろうか。

物理的に不可能な世界だから、簡単には法律を制定できないであろう。介護者・被介護者を保護できる法律がない。それらの法律が整備されてこそ、介護者の殺人事件を裁くべきだ。

法律なければ刑罰なし。罪刑法定主義の鉄則だ。刑法だけで裁くには、無理がある。具体的な法律がない以上、裁判はなじまない。

有罪判決は無意味だ。自分が裁判員だったら、被告人に「無罪または執行猶予」の判決を下す。

但し、この判決に保護されるからと言って、何でもかんでも殺人事件を起こされては困る。本当の困窮者だけを的確に吟味して、無罪・有罪判決を下そう。

被告人は、愛すべき親族である被介護者を殺害して、どんな気持ちなのであろうか。スッキリしたのであろうか。この苦痛から解放されて、喜んでいるのであろうか。

一番良いのは、「尊厳死・安楽死法」を制定することだ。病人の苦痛を解放する法律ではない。介護者の苦痛を解放する法律だ。












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