映画エリザベス・ビギンズに告ぐ

これは、どこまでが実話なのだろうか。このラストも実話か。イギリスの国王や男性貴族たちに翻弄され、遊ばれる壮絶な女性たちの人生模様かな。登場人物が多すぎて、理解に苦しむ。

姉を中心に、姉の元亭主、妹・弟、父・母、母の弟A、妹の夫、弟の妻、そして国王と王妃。王妃の男児が、死産となった。イギリス国王に、後継者がいない。さー大変だ。

国王の側近で、お金持ち貴族の弟A。貧乏貴族の父と企んで、姉との政略結婚を企てる。母は反対だ。たとえ貧乏でも、愛した夫を誇りに思っている。財産より、愛が全てだ。

ところが、国王が惚れたのは、妹のほうだった。しかも妹は、新婚ホヤホヤだ。許されない。それでも、時代は妹を求めた。逃げることはできない。権力者は強い。誰も、逆らえない。

姉も女だ。姉妹といえども、1人の男性を巡って女の醜い争いが勃発した。しかし、姉も負けてはいない。理知的な姉は、次なる戦略で、国王とHな関係を結ぼうと企みだす。

いつの時代でも、どこの国でも、後継者争いは大変だ。女はしょせん、「産む機械」だ。否、「男児を産む機械」だ。妻といえども、男児を産まなければその存在価値はない。

男性は、「産ませる機械」だ。種を撒き散らす機械だ。同じ機械だが、やはり男性型の機械のほうが格段、上のようだ。当時の女性に、人権などない。

女性は男児を出産しなければ、廃棄処分にされる。反面男性は、廃棄されることがない。王妃といえども、見捨てられる。女性は、身を守るために必死だ。

男性たちは、名誉と富と権力を手に入れると、多くの女性とやりまくりたい。その女性たちの苦労など、分からない。分かる気もない。男性たちは、いい加減でお気楽なのだ。

産まなければ、亭主は他の女性に手を出す。それが、男性のスケベな本能だ。愛など、関係ない。妻も、それを理解しなければならない。この戦いは、日本の秀吉のネネと茶々みたいだ。

この姉妹、日本の戦国時代で言えば、茶々3姉妹みたいなものかな。中国では、宋3姉妹かな。この後継者争いをなくしたのが、徳川家康だ。

子供を産んだことのある人妻(未亡人?)を、将軍の妻とした。これなら、死産にならない。次に、男児をどうやって産ませるか。快楽の追求なら、大奥に任せた。

それでも直系男児が途絶えたとき、水戸・紀州・尾張に後継者を託した。後継者争いは、このスキを狙って、他の戦国武将たちは攻撃を仕掛けてくる。

それを防止する上でも、家康はこれらの得策を考えたようだ。考えたのは、側近であろうな。その人は、天才だ。

しかしイギリスは、その家康式を真似しなかった。男児がいなくても、後継者を決定した。それが、永遠の処女の始まりだった。

天皇制はどうなるのかな。秋篠宮に男児が産まれた途端、皇室典範の改正が見送られた。法律改正はしなくても、いつでも対応できるように、草案ぐらいは作成しておこう。

日本も、エリザベスのように女性の天皇を認めよう。








この記事へのコメント

この記事へのトラックバック