映画子供の情景に告ぐ

●素朴な映画だなー。アフガニスタン、バーミヤン。仏像がタリバンによって破壊された場所だ。世界的な遺産を破壊するとは、許せないな。

少女が、ノートを買うために町中をうろつく。当然、お金はない。他に鉛筆や消しゴムなども必要だ。それだけの予算はない。

日本ではありえないことが、ここでは現実に起きている。勉強をしたくても、できない。学校に生きたくても行けない。「勉強が嫌い」などとほざく学生は、贅沢だ。

ほのぼのとした叙情詩が、純粋な少女の笑顔をカメラは追う。ところが、事態は急変する。近所の野外学校では、男性しか入学できない。女性に、学問は必要ない。

家族のためにパンを焼き、亭主のパンツでも洗っていれば、それでいいのだ。祖母・母から教わればよいのだ。そこに、学問は必要がない。読み書きは、必要ない。

遠い場所に行けば、女性用の学校がある。少女は、徒歩でそこへ向かう。ところがところが、また問題が発生する。子供たちのタリバン兵が現れる。

木の枝をライフルに見立てて、少女を襲いだす。色々な因縁をつけて、学校に行かせようとしない。学校では、アメリカが主体となって教えられている。

アメリカを否定するタリバン。この子たちが洗脳され、利用され、将来大人になって、両親を殺害するように命令を受けるのか。両親の命より、タリバンを崇拝せよ。

怖い世界だ。それが、タリバン式の教育方法であり、授業か。両脇に白い石が並ぶ。そこから逸脱すると、地雷源がある。怖い場所で、生活をしている。

学校へ行くのも、命がけだ。日本では、交通事故や通り魔が怖い。「自由になりたければ、死ね」。ラストのこの言葉が、印象的だったな。

この映画、シナリオ通りの創作なのか、ドキュメントなのか、良く分からない。19歳のイラン女性の監督。映画を撮りたければ、表現が自由な国でないと撮影できないぞ。

果たして女性に、教育は必要なのだろうか。我がままで、周囲の秩序を乱す。他人の授業を、平然と妨害する。自分の幸せが一番。まるで、「おばさん」だ。

上映中に、マックを食べるな。クソばばあ(20代?)。紙の音が、うるさいんだよ。女性は学校へ行く前に、マナー・礼儀作法の授業を受けろ。女性に、学問は必要ない。



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