映画標高2998mに告ぐ

●剣岳は、簡単に行けるぞ。2回ほど登ったかな。長野県大町市からバスで行き、地下バスに乗り、黒部ダムを徒歩で渡る。富山駅側からもある。

ケーブルカー駅で、駅長のアホな漫談を聞かされ、無理矢理、写真集(1000円)を購入させられる。お笑い代として、支払うか。

その後、ケーブルカー・ロープウェイに乗る。地下バスに乗って室堂にたどり着く。みくりが池温泉で、一泊する。そこで、手作りピザを食べる。

翌朝、地獄谷を下りまた登り、剣御前を越え、剣沢山荘で一泊する。翌朝、簡単な岸壁を登攀(とうはん)する。クライミングの技術があれば、楽勝楽勝。

山頂では、空中の虹がきれいだったな。パワー登山の男性は、室堂・剣・室堂を日帰りしている。それも、この道を踏破した先人たちのおかげである。

測量士たちがいなければ、このルートを書店で購入することはできなかったであろうな。先人たちに、感謝しなければいけない。

山岳信仰の山だけに、室堂・雄山まではみな、明治からも登山客はいたようだ。今の登山道は整備されているが、当時としては、難関だった。

日本で山岳映画を製作できる作品は、新田次郎ぐらいか。監督はカメラマンだけに、映像はキレイだな。テレビ出演では、よくしゃべっていたな。

となると、正式のカメラマンは誰が担当しているのかな。監督が、撮影を兼用しているのかな。チラシにも、エンディングにも掲載されていない。

明治39年。日露戦争に勝利した日本。しかし、戦争で勝つには地形図を知り尽くしてないといけない。残された地形は、剣岳だけだった。

前人未到の剣岳。軍部は、名誉と尊厳のため最初に登頂したい。民間人には、負けられない。しかし、お金持ちのお遊び隊が、初登頂を狙っていた。

測量士の浅野が、富山から剣岳に向かった。案内役の香川。部下に松田。CGは一切ないというが、松田のこの危険なシーンは多分CGだろう。

測量士って、大変な仕事だなー。なくてはならない職業だ。伊能の存在が、いかに大きいかよく分かった。紛争国でも、日本の測量技術は高評価のようだ。

実話だけど、ラストのドンデン返しには、やられたな。果たして、誰が先に登頂するのであろうか。

毎回思うが、現代技術よりも、日本の古代技術・根性は偉大だなー。ちなみに、槍ヶ岳の初登頂は誰が成し遂げたのかな。槍が俺を呼んでいる。

ちなみに、チラシでは、標高2999mになっている。自分の知識では、2998mだと思った。新測量で、1m高くなったのかな。



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